プロ野球歴代選手名鑑

歴代のプロ野球選手を紹介するブログです

齊藤明雄(大洋/横浜)

齊藤 明雄 (斉藤明雄・斉藤明夫)

さいとう・あきお
生年月日:1955年2月23日
投打  :右投げ右打ち
身長/体重:184cm/85kg
ポジション:投手
出身  :京都府
ドラフト:1976年1位
経歴  :花園高校-大阪商業大学-大洋/横浜大洋ホエールズ/横浜ベイスターズ(1977~1993)
球種  :ストレート、スライダー、カーブ、シュート

選手概要

通算128勝133セーブと、先発でもリリーフでも活躍した右腕。

花園高校時代は3年春に2番手投手兼中堅手として甲子園へ出場し、初戦で敗退。3年夏は背番号「1」を背負いエースとして投げたが、西京商業高校に敗れて甲子園出場はならなかった。

高校卒業後は大阪商業大学へ進学。エースとして投げ、大学野球選手権で35回無失点を記録、日米大学野球選手権大会で日本代表に選ばれるなどの活躍を見せた。当時「東の江川、西の斉藤」と言われることもあったという。また、大学時代は田中昌宏と同期だった。

1976年にドラフト1位で大洋へ入団。「本格派右腕」という前評判だった。

プロ1年目~3年目

1年目の1977年は38試合に登板。8勝9敗、防御率4.40を記録した。この活躍から新人王を獲得。

2年目の1978年は47試合と登板増。16勝15敗4セーブ、防御率3.14を記録した。

3年目の1979年は37試合に登板。11勝6敗、防御率4.04を記録した。

プロ4年目~6年目

4年目の1980年は35試合に登板。14勝17敗1セーブ、防御率3.79を記録した。

5年目の1981年は47試合に登板。5勝15敗10セーブ、防御率4.31を記録した。同年は10の負け越しを喫するなど不振の年となった。

6年目の1982年は登録名を「明雄」から「明夫」へ変更。同年は抑えへ転向し、56試合に登板。5勝6敗30セーブ、防御率2.07を記録し、最優秀防御率に輝いた。

ちなみに同年の30セーブは、当時シーズン最多セーブ記録だったが、最優秀救援投手は40SPを記録した山本和行に譲る形となった。

プロ7年目~9年目

7年目の1983年は54試合に登板。10勝8敗22セーブ、防御率3.57を記録し、最優秀救援投手に輝いた。

8年目の1984年は43試合に登板。11勝6敗10セーブ、防御率4.88を記録した。

9年目の1985年は55試合に登板。9勝5敗18セーブ、防御率2.13を記録した。

プロ10年目~12年目

10年目の1986年は44試合に登板。5勝6敗23セーブ、防御率1.85を記録し、二度目となる最優秀救援投手に輝いた。

11年目の1987年は39試合に登板。4勝1敗15セーブ、防御率2.17を記録した。

12年目の1988年は先発へ再転向し、24試合に登板。5勝4敗、防御率3.49を記録した。

プロ13年目~15年目

13年目の1989年はコーチ兼任投手へ就任。18試合に登板し、8勝6敗、防御率3.22を記録した。

14年目の1990年は24試合に登板。10勝7敗、防御率4.07を記録した。

15年目の1991年は17試合に登板。4勝6敗、防御率3.61を記録した。

プロ16年目~引退まで

16年目の1992年は17試合に登板。3勝8敗、防御率3.65を記録した。同年は年齢の関係もあったのか、中10日のローテーションで投げていた。

17年目の1993年は6試合に登板。0勝0敗、防御率7.59を記録した。

同年限りで現役を引退。

引退後

引退後は解説者へ就任。その後、1996年~1999年まで横浜の一軍投手コーチを務め、翌2000年に解説者へ復帰。

2007年~2008年は横浜の一軍投手チーフコーチを務め、2009年~2012年は解説者を務めた。

2013年はロッテの一軍投手コーチ、翌2014年は二軍投手コーチを務めた。

翌2015年からは解説者へ復帰し「プロ野球ニュース」などに出演している。

選手分析

球種:1978年頃「外角低めに決まるスライダーが武器」「大きいカーブを投げる」と言われた。また、1986年には「落ちるシュートが武器」と評されている。本人曰く「高校時代は真っすぐとカーブのみで、カーブがほとんど曲がらなかったため、ほとんどストレートを投げていた」

エピソード

・名前の表記ゆれが激しく「齊藤明雄」「斉藤明雄」「斉藤明夫」の他に「斎藤明雄」「齊藤明夫」など、複数の名前で書かれていた。ここでは本名と思われる「齊藤明雄」を記事タイトルとする。

・商業大学出身だけあり、商業簿記二級の資格を持っている。

・「ドラフトの時は阪神へ行きたかった」と語っているが、同時に「大洋へ指名されたことに抵抗はなかった」「12球団どこでも行くつもりだった」とも話している。

 

投手「さ」へ

1993年退団選手一覧へ

【1976年大洋ドラフト指名選手】
1位:斉藤明雄
2位:丸谷富美幸(入団拒否)
3位:山村陽一(入団拒否)
4位:坂本照彦(入団拒否)
5位:安田尚弘
6位:西連寺隆(入団拒否)
ドラフト外:柴田民男浅利光博森一晃