プロ野球歴代選手名鑑

引退/退団したプロ野球選手のプロフィールや一軍・二軍成績を紹介するブログです

梶間健一(ヤクルト)

梶間 健一

かじま・けんいち
生年月日:1952年8月30日
投打  :左投げ左打ち
身長/体重:173cm/68kg
ポジション:投手
出身  :茨城県
ドラフト:1976年2位
経歴  :鉾田第一高校-日本鋼管-ヤクルトスワローズ(1977~1988)
球種  :ストレート、カーブ、シュート

選手概要

弱小期のヤクルトを支えた左腕。

鉾田第一高校時代は甲子園出場なし。

高校卒業後は日本鋼管へ入社。ここで頭角を現し「社会人ナンバーワン左腕」と呼ばれるようになった。

1976年にドラフト2位でヤクルトへ入団。「カーブとシュートが武器」「上からも横からも下からも投げられる」という前評判だった。

プロ1年目~3年目

1年目の1977年は44試合に登板。先発・リリーフとフル回転し、7勝7敗1セーブ、防御率3.34を記録した。同年はルーキーながらオールスターへ選出され、第1戦と第3戦に登板。どちらの試合でも勝利投手となっている。

2年目の1978年は47試合に登板。3勝8敗2セーブ、防御率5.34と成績を落とした。同年はリーグ優勝を果たし、日本シリーズでも先発1試合、リリーフ2試合を投げた。

3年目の1979年は43試合に登板。10勝12敗、防御率5.11を記録した。

プロ4年目~6年目

4年目の1980年は33試合に登板。15勝8敗、防御率2.76と好成績を残した。

5年目の1981年は39試合に登板。6勝10敗1セーブ、防御率5.38を記録した。

6年目の1982年は43試合に登板。6勝10敗2セーブ、防御率4.22を記録した。

プロ7年目~9年目

7年目の1983年は43試合に登板。14勝12敗3セーブ、防御率3.21を記録した。

8年目の1984年は35試合に登板。12勝11敗2セーブ、防御率3.75を記録した。

9年目の1985年は38試合に登板。11勝17敗、防御率4.22を記録した。

プロ10年目~引退まで

10年目の1986年は腰痛のために戦線離脱。8試合に投げ、0勝3敗、防御率7.54を記録するにとどまった。

11年目の1987年は怪我の影響があったか、ショートリリーフへ転向。37試合に登板し、0勝3敗2セーブ、防御率4.01を記録した。

12年目の1988年は18試合に登板。1勝0敗、防御率2.76を記録した。

同年限りで現役を引退。

引退後

翌1989年~1992年はヤクルトの二軍投手コーチ、1993年は三軍監督、1994年は二軍投手コーチ、1995年~1996年は二軍育成コーチ、1997年~1999年は二軍投手コーチを務めた。

翌2000年以降はヤクルトの寮長を務めるなどした。

選手分析

苦手打者:本人曰く「力任せに振ってくる外国人打者が苦手」
得意球団:「阪神キラー」と呼ばれた。
投球:「左投手特有のクセ球が武器」と言われた。

エピソード

・夫人は元ソフトボール選手。
・プラモデル作りという趣味を持っていた。
・松沼兄に似ているという理由で「兄やん」と呼ばれていた。

 

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【1976年ヤクルトドラフト指名選手】
1位:酒井圭一
2位:梶間健一
3位:松崎泰治
4位:黒坂幸夫
5位:高橋寛
6位:吉川盛男
ドラフト外:川畑盛幸