プロ野球歴代選手名鑑

歴代のプロ野球選手を紹介するブログです

大原徹也(西武/広島/近鉄など)

大原 徹也

おおはら・てつや
生年月日:1957年7月24日
投打  :右投げ右打ち
身長/体重:177cm/71kg
ポジション:内野手
出身  :兵庫県
ドラフト:1975年ドラフト外
経歴  :大阪福島商業高校-太平洋クラブ/クラウンライター/西武ライオンズ(1976~1982途)-広島東洋カープ(1982途~1983)-近鉄バファローズ(1984~1987)

選手概要

内野手。

大阪福島商業高校を経て、1975年にドラフト外で太平洋クラブへ入団。守備が上手いという前評判だった。

西武時代

1年目の1976年は二軍で45試合に出場。打率.233、0本を記録した。

2年目の1977年は二軍で52試合に出場。打率.216、2本、10打点を記録した。

3年目の1978年は二軍で71試合に出場。打率.198、0本を記録した。

4年目の1979年は開幕前に根本陸夫監督から期待の声が聞かれ、一軍へ抜擢。87試合に出場し、打率.161、0本、4打点を記録した。しかし、13失策と守備面の課題を見せている。

5年目の1980年は98試合に出場。打率.211、4本、8打点を記録した。同年は主に遊撃を守り、8失策とエラーを減らすことにも成功。

しかし、翌1981年はルーキー・石毛宏典が遊撃手のレギュラーとなり、出番が減少。11試合に出場し、打率.000、0本、0打点という成績だった。ちなみに二軍では59試合、打率.302、8本、33打点と好成績を残した。

翌1982年途中にトレードで広島へ移籍。大原+古沢憲司と高橋直樹の交換トレードだった。

広島時代

しかし、同1982年は1試合に出場したのみで、0打席だった。二軍成績は、西武時代が23試合、打率.280、0本、1打点。広島時代が41試合、打率.275、3本、17打点だった。

翌1983年は27試合に出場。打率.000、0本、0打点を記録した。

同年オフにトレードで近鉄へ移籍。大原+加藤英司と福井保夫+森脇浩司の交換トレードだった。

近鉄時代

翌1984年は40試合に出場。打率.232、4本、11打点を記録した。

しかし、翌1985年は村上隆行が遊撃手のレギュラーとなり、10試合と出場減。成績も打率.176、0本、0打点といまひとつだった。

翌1986年も16試合に出場したのみで、打率.000、0本、0打点という成績。

翌1987年は1試合に出場。打率.000、0本、0打点を記録した。二軍では58試合に出場。打率.248、3本、14打点を記録した。

同年限りで現役を引退。

引退後は大阪府でスナック「塁」を経営していたが、現在は閉店している。

その後は不明だが、2019年に大阪府で少年野球教室が開かれた際、講師として参加していた。

 

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【1975年 太平洋ドラフト指名選手】
1位:古賀正明
2位:糸数勝彦
3位:大屋好正
4位:加倉一馬
5位:木村広
6位:池田弘
ドラフト外:吉野秀幸大慈彌功・大原徹也・川島日出雄