ラリー・ハーロー
ハーロー Larry Harlow
生年月日:1951年11月13日
投打 :左投げ左打ち
身長/体重:188cm/80kg
ポジション:外野手
出身 :アメリカ
ドラフト:なし
経歴 :オリオールズ-エンゼルス-ヤクルトスワローズ(1982)
選手概要
外国人外野手。
アメリカ時代は1975年にオリオールズでメジャーデビュー。1978年に147試合、打率243、8本、26打点、14盗塁を記録した。
その後も1979年に100試合、1980年に109試合に出場したが、目立った打撃成績を挙げることは出来ず。
1981年にエンゼルスで43試合、打率.207、0本、4打点を記録し、翌1982年にヤクルトへ入団。メジャーに在籍していた経験や「俊足巧打で強肩」という触れ込みなどから期待されていた。また、MLB通算成績は449試合、打率.248、12本、72打点だった。
ヤクルト時代
1年目の1982年はオープン戦で11試合、打率.171、1本塁打、3打点と結果を残すことが出来ず、不安な幕開けとなった。
4月3日の開幕戦でその不安は的中。2回一死一塁からトマソンの打球を処理しようとした途端に転倒し後逸。さらに、9回無死一塁から柳田俊郎が放った凡フライをポテンヒットにするなど、お粗末な守備を連発してしまった。
開幕4試合目の広島戦から8試合目の中日戦までの5試合で4本塁打を放つ活躍を見せ、打撃面での好調ぶりを見せたが、その後はさっぱり。
4月22日にフェンスに激突し、打撲で一週間欠場すると代打中心の起用に。その後、成績は上がらず、7月14日に解雇された。
最終的な成績は42試合、打率.164、4本、12打点というもので、ヤクルトは代わりの外国人野手としてブリッグスを入団させることになった。
NPB退団後
翌1983年、1984年はマイナーリーグでプレーしたが、同年限りで引退。住居の内装職人へ転職した。
エピソード
活躍できなかったために野球雑誌などで「ハロー、ハーロー」などといじられていた。